雑学
リンカーン大統領
「人民の人民による人民のための政治」と言う有名な言葉を残した元アメリカ大統領リンカーン。
さて、リンカーンが大統領選挙中に女の子から「ヒゲを伸ばした方が良い」と言われ、ヒゲを伸ばし始めたたのは有名な話。
しかし、何故リンカーンが大統領選挙に立候補したかをあなたは知っているだろうか。
…実は、リンカーンの奥さんはかなりの悪妻で、リンカーンは出来るだけ長い間家から遠ざかっていたかったのだ。
そこで、仕事で家に帰れない大統領に立候補したのだそうだ。
結果的には奥さんが悪妻であったおかげで大統領になれたリンカーンだが、
彼にとって、大統領になるのと、幸せな家庭を築くのではどちらがよかったのであろうか。
いや、悪妻でも幸せだったのかもしれないが。
アメリカンジョークのススメ
アメリカのジョークの中には特定の人種・民族のステレオタイプ的性格を誇張して笑いのネタにするものがあります。
その際に以下のことを知っていれば格段に面白くなります。
- スウェーデン人は性的に解放されている
- ロシア人は共産党員
- ドイツ人はユダヤ人嫌い
- スコットランド人はケチ
- 黒人は怠け者でのろい
- アイルランドの男は大酒飲み
- 東洋人はやぶにらみで、出っ歯で、rとlの発音の区別が出来ない
- イタリア人はギャングかバカ
- ポーランド人はそこぬけにバカ
- ユダヤ人は合理的でケチ
チェスプレイヤー
- アンデルセン(1818-1879) 独
- 数学者。
万年5級と言われていたが、38歳のとき、忽然と悟り、一夜にして名人芸に達したと言われている。
- モーフィー(1837-1884) 米
- 1857年、大学を驚異的な成績で卒業後、アメリカ最強のポールセンを破り、ヨーロッパへ行く。
その後、次々と勝ち抜き、名人中の名人アンデルセンを破る。1859年、負けを知らぬままチェスに失望し、アメリカへ戻る。
1896年以後はチェスを一切拒絶し、弁護事務所を掲げるが、あまりに理詰めのためアメリカ南部の気質に合わず失敗。
現在のチェス理論は全てモーフィーの棋譜から組み立てられていると言っても過言ではない。「調和」という概念の生みの親。
- ○カパブランカ(1882-1942) ハバナ
- 4歳の頃にはチェスのルールを覚え、13歳でキューバチャンピオンとなる。
「チェス・コンピューター」の異名を持ち、ほんの僅かな優勢を読み、勝利を導くテクニックは正に神業。
生涯583局中302勝246引分31敗という素晴らしい成績を残す。
大学は教授の講義が遅すぎてついて行けない。チェスをやっても誰も私を負かせてくれない。
本当にこの世には楽しい事は何も無いじゃないか。
- ○ラスカー(1868-1941) 独
- ユダヤ人。
26歳のときに、世界チャンピオンとなり、それから27年間チャンピオンの座を守った記録は他のスポーツでも無い。
1941年に、ヒトラーに追われ、還らぬ人となる。
数学や哲学博士としても大きな足跡を残し、アインシュタインの自伝の中に、
「この並外れた人が科学だけに専念しなかったこと
」を大いに口惜しがっている文章があるほど。
- ○カスパロフ(1963-) ソ連
- 7歳でその才能を認められ、少年宮に入る。
22歳のとき、当時10年間不敗を誇った世界チャンピオンカルポフと対局し、
勝利。最年少世界チャンピオンの誕生となる。1996年、最強のチェスコンピューターDEEP BLUEと対局し、勝利するが、
翌年97年には敗退。
- ○ロバート・フィッシャー(1943-) 米
- 57年にIM、翌年の58年にはGMの最年少記録を立てる。
62年、国際舞台から姿を消すが、66年に再登場。
68年にまた引退、70年に復帰。
71年に当時の強豪を6-0で破り世界中のチェスファンを熱狂させる。
72年に世界チャンピオンとなり、75年、挑戦者カルポフとの対局は賞金15億円にもかかわらず、辞退。
チェスこそわが命。賞金の15億や20億は自分にとっては問題ではない。納得のチェスをすることだけが全てだ。
と名ゼリフを吐いて世界チェス連盟にチャンピオンの座を返上。その後消息不明となるが、94年ユーゴスラビアの大会に突然現れ、優勝する。
そして、また消息不明…。
今日、2004年7月16日に日本で発見される。
笑いの種類
- 本能充足の笑い――――食欲などの本能が満足したとき
- 期待充足の笑い――――目標などが達成したとき
- 優越の笑い――――――自分が相手より優れているとき
- 不調和の笑い―――――意表を突かれたとき
- 価値低下(逆転)の笑い―何らかの原因で人や物の価値が狂ったとき
その他にも、「社交上の笑い」や「緊張緩和の笑い」などもあります。